今回は「その土地の名前の由来」についてなんとなく考えてみました。
基本的にその地域や土地の名前は
「沢・洲・浜・浦・沼」川や海・湖・沼など『水』に関するものが近くにあるなど
「田・山・谷」田畑や山・谷などが近くにあったり、その場所自体がそういった地形になっているなど
「崎・埼・岬」近くの陸地が海に突き出ているなど
上記が基本的には考えられます。
後はその土地の偉人の名前が由来・戦国時代の武将などがつけた地名
自治体などの合併で合わさった名前なども考えられますね。
例えば
東京都の国立市は「国分寺駅」と「立川駅」の中間に「国立駅」ができたのが由来です。
他にも東京都千代田区の「紀尾井町」は、かつてこの地に
「紀州徳川家・尾張徳川家・彦根井伊家」
の中屋敷があったのを、各家の文字を1つずつとって町名としたもの・・。
まあ・・・大体そんな感じです.
が
「今回ここからさらに深く追求」してみたら意外と面白い逸話が沢山あったんです
話の中に出た 徳川・江戸 と言えば
東京都の 「新木場」「木場」のお話ですよ
かの有名な東京○ィズニーランドの最寄り駅として有名なこの地名
すごく簡単に説明すると「江戸時代木材置き場があった場所」です。
これを少しばかり詳しく説明すると
① 何度も何度も起こる江戸名物の大火(大火事)のたびに家が壊れる、燃えると大変なので皆で考えた
② みんなでお金を出し合って大量に木材を買い(大口購入は安い)備蓄・火事が起きるたびに安価で木材を提供できる仕組みを発明
③ その木材は川で流して中心部(住居地区)へ運ぶので当時の中心部から離れた隅田川の東岸とその東側に木材置き場を作る
④ その一帯を「木場」(深川木場町)
⑤ 明治維新以降、埋め立てなどで海が消えたなどの理由があり昭和48年に移転し→「新木場」
⑥ 木材置き場としての木場の役割は、木材業者とともに「新木場」に移転したが「木場」の地名はそのまま残る。
*木場の木材置き場の跡地は、現在「木場公園」になっているそうです。(所在地は江東区平野)
江戸時代の東京(江戸)は何度も何度もは火事が発生し「火事とけんかは江戸の華」なんて言葉も残ってるくらいですね。
特に大きな火事(明暦の大火)の時消失した江戸城天守は、城(天守)を再建せず、幕府はその費用を町を作り直す為の復興費用に充てたらしいです(感動,゚.:。+゚)
その為今もその名残?で江戸城の跡地には城(天守)が作られていないらしいです
「何度も何度も」の火事の頻度ですが・・、
大体半年に1回くらい、東京中が燃えてしまうような、火事が起こると想像してみてください。
密集していた江戸の家屋は全て木と紙で出来ていた為、一度火がつくと燎原のように焼き尽くしてしまう事がしばしばだったらしいです。
当時の火消し(め組など有名ですね)は、火事が発生した隣や近隣の家をぶっ壊して、火が燃え広がらないようにしていたらしいですね・・。(ワイルド)
ただ、江戸当時の人は火消しに家を壊されることをむしろ喜んでた位らしいですよ・・。
火消しは女性人気も高かったらしいですねえ。
いつ家が焼けるともわからないので、財産を積んでも意味が無いと言う理由から
「江戸っ子は宵越しの金は持たない」なんて江戸っ子ならではの言葉も、度々発生する火事や木場などの地名が関係してるとは驚きです。
江戸っ子と言えば、家財はほぼ「レンタル」布団はいつでも持ち運べるよう普段から「風呂敷の上に畳んで」置いておいたようです。
とまあ・・・
地名の由来には皆さんが知っている言葉や人物などが大きく関わっている事が多いですよ。
ちなみに今回のお話は「諸説あり」ですので話半分でお気軽にどうぞ。。
皆さんも気になる地名など調べてみたら意外な発見があるかもですね。
ではまた次回。
おまけ①
■他にもなかなか面白そうな「東京」の地名の由来があったので適当に一覧にまとめときます
(諸説ありです)
「ししぼね」春日大社が創建される際に、多くの神鹿が鹿島神社から1年かけて春日大社に連れていかれたそうです。その旅の途中で鹿が死んで、それを葬った
「たかばん」江戸時代、徳川吉宗が鷹狩りをするための鷹番がいたそうです。
小伝馬町(こでんまちょう)=伝馬とは宿場と宿場をつないで行き来する馬のこと。その伝馬役を命じられた人が住んだことが地名の由来。大伝馬町もある
蔵前=幕府の御米蔵があった
麹町=麹を作る家があった
鍛冶町=幕府の鍛冶方があった。現在もこの地には金物通りがある
「マンハッタン」 アメリカ ニューヨーク
マンハッタンという言葉は、もともとアメリカ先住民族の言葉で「酔っぱらった」という意味で当時の酋長が酔っ払ったあげく、所有していた自分たちの島をわずか24ドルで売ってしまい。酔いが覚め気がついた時には、もうどうしようもなく。酋長は「あの時はマンハッタン(酔っ払い)だった!」といって悔しがった。