今回。徒然草の上下巻の翻訳完全版が、完成しまして
アマゾンで、紙・電子書籍両方で、出版となりましたので
10段までの本文と翻訳を、ご紹介させていただきます。
はじめに
『徒然草』(つれづれぐさ)は、鎌倉時代末期の14世紀初頭に吉田兼好(兼好法師)によって書かれた随筆集です。日本三大随筆の一つ(他は『枕草子』『方丈記』)として知られています。
鎌倉時代末期は、政治的動乱や社会不安が続く混沌とした時期でした。兼好はこうした混乱を背景に、人の世のはかなさを敏感に感じ取り、文学として表現しました。
上・下巻で合計243段の短編エッセイで構成されています。各段は、兼好が日常の出来事や世間の事柄について感じたことを、自由な文体で記したものです。
主に「無常観(この世の儚さ)」をテーマにしています。また、人生の教訓、風俗習慣への批評、人間観察など多岐にわたる話題が特徴的です。
「つれづれなるままに、日ぐらし硯に向かひて」(何もすることもなく暇な時間を、ただ漫然と硯に向かって過ごしながら~)という序文で始まるように、兼好自身が自由気ままに記した随筆で、鋭い観察眼と巧みな文章力で知られています。
現代でも『徒然草』は、その豊かな表現や鋭い人間洞察が評価され、広く読み継がれています。特に、現代人の生き方や価値観への示唆に富み、教育やビジネスの教養としても親しまれています。
この本は、その徒然草を
分かりやすい、読みやすいように、現代の言葉で訳しました。
それでは
徒然草・鎌倉末期の世界をお楽しみください。
序 段 つれづれなるままに
つれづれなるまゝに、日くらし、硯にむかひて、心に移りゆくよしなし事を、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。
現代語訳
何もすることがないまま、毎日ぼんやりと過ごし、硯に向かって、心に浮かぶ取りとめもないことを、あてもなく書きつけていると、なんだか不思議な気持ちになって、少しおかしくなりそうだ。
第1段 いでや、この世に生れては、
いでや、この世に生れては、願はしかるべき事こそ多かンめれ*。
御門の御位は、いともかしこし。竹の園生の、末葉まで人間の種ならぬぞ、やんごとなき。一の人の御有様はさらなり、たゞ人も、舎人など賜はるきはは、ゆゝしと見ゆ。その子・孫までは、はふれにたれど、なほなまめかし。それより下つかたは、ほどにつけつゝ、時にあひ、したり顔なるも、みづからはいみじと思ふらめど、いとくちをし。
法師ばかりうらやましからぬものはあらじ。「人には木の端のやうに思はるゝよ」と清少納言が書けるも、げにさることぞかし。勢まうに、のゝしりたるにつけて、いみじとは見えず、増賀聖の言ひけんやうに、名聞ぐるしく、仏の御教にたがふらんとぞ覚ゆる。ひたふるの世捨人は、なかなかあらまほしきかたもありなん。
人は、かたち・ありさまのすぐれたらんこそ、あらまほしかるべけれ 、物うち言ひたる、聞きにくからず、愛敬ありて、言葉多からぬこそ、飽かず向はまほしけれ。めでたしと見る人の、心劣りせらるゝ本性見えんこそ、口をしかるべけれ。しな ・かたちこそ生れつきたらめ、心は、などか、賢きより賢きにも、移さば移らざらん。かたち・心ざまよき人も、才なく成りぬれば、品下り、顔憎さげなる人にも立ちまじりて、かけずけおさるゝこそ、本意なきわざなれ。
ありたき事は、まことしき文の道、作文・和歌・管絃の道。また、有職に公事の方、人の鏡ならんこそいみじかるべけれ。手など拙からず走り書き、声をかしくて拍子とり、いたましうするものから、下戸ならぬこそ、男はよけれ。
現代語訳
本当に、この世に生まれてくると、願いたくなることがたくさんあるものだ。
天皇の位というものは、まったく恐れ多い存在だ。皇族という家系は、末の子孫まで普通の人間とは違う、とても尊いものだ。一番位の高い人の様子は言うまでもないが、普通の人でも舎人(とねり)などの役目をいただける身分になるのは、やはりすごいことだ。その子や孫の代まで栄えている家も、やはりどこか上品さがある。それより下の身分の人たちは、それぞれの立場で、うまく時流に乗って偉そうな顔をしているが、本人は立派だと思っていても、実際にはとても残念なものだ。
僧侶(お坊さん)だけは、うらやましく思わない人はいないくらいだ。「人から木の端のように思われるよ」と清少納言が書いていたが、本当にその通りだ。勢いのある僧侶が派手に振る舞っても、全く立派には見えない。増賀上人が言ったように、名誉や評判を気にしているだけで、仏さまの教えに反するように感じられる。ただひたすら世間から離れて暮らす人のほうが、かえって理想的だと思うこともある。
人というものは、顔立ちや見た目が優れていることが望ましい。話す声が聞き苦しくなく、愛嬌があって、言葉が少ない人は、ずっと一緒にいたいと思うものだ。立派に見える人でも、心の中が劣っている本性が見えてしまうのは、とても残念なことだ。身分や顔立ちは生まれつきでも、心はどうしてより賢い人のように成長しないはずがあろうか。顔立ちや心が良い人でも、学問や芸がないと、身分が下がり、顔つきが憎らしい人たちに混ざって、貶められてしまうのは、もったいないことだ。
本当に望ましいことは、まじめに学問や文学の道をきわめること、文章や和歌、音楽の道を身につけることだ。また、知識や礼法に詳しく、人の手本となるような人こそ素晴らしい。字を下手でなくサッと書けて、声もよくてリズムをとれて、お酒に弱くないのが、男としては理想的だ。
第2段 いにしえのひじりの御代の政をもわすれ、
いにしへのひじりの御代の政をも忘れ、民の愁、国のそこなはるゝをも知らず、万にきよらを尽していみじと思ひ、所せきさましたる人こそ、うたて、思ふところなく見ゆれ
「衣冠より馬・車にいたるまで、あるにしたがひて用ゐよ。美麗を求むる事なかれ」とぞ、九条殿の遺誡にも侍る。順徳院の、禁中の事ども書かせ給へるにも、「おほやけの奉り物は、おろそかなるをもッてよしとす」とこそ侍れ。
現代語訳
昔の聖人たち(理想の天皇)が行った立派な政治も忘れてしまい、民の苦しみや国が損なわれていくことにも気づかず、何もかも贅沢に飾り立てて素晴らしいと思っているような、身分ばかり高くて威張っている人たちは、見ていて本当に情けないものだと思う。
「衣装や馬、車にいたるまで、あるものをそのまま使いなさい。やたらに美しさや豪華さを求めてはいけない」と、九条殿の遺言にも書かれている。
順徳院が禁中(宮中)のしきたりについて書いた中にも、「公の場で使う品物は、質素なものでよい」と記されている。
。
第3段 万にいみじくとも、色好まざらん男は
万にいみじくとも、色好まざらん男は、いとさうざうしく、玉の巵の当なき心地ぞすべき。
露霜にしほたれて、所定めずまどひ歩き、親の諫め、世の謗りをつゝむに心の暇なく、あふさきるさに思ひ乱れ、さるは、独り寝がちに、まどろむ夜なきこそをかしけれ。
さりとて、ひたすらたはれたる方にはあらで、女にたやすからず思はれんこそ、あらまほしかるべきわざなれ。
現代語訳
どんなに立派であっても、色恋に関心のない男は、なんだか物足りなく、まるで玉の杯(さかずき)にお酒が入っていないような、さびしい気持ちになるものだ。
露や霜に濡れて、どこに行こうかとあちこちさまよい歩き、親からの忠告や世間の噂を気にして心が休まる暇もなく、逢いたい気持ちに心が乱れてしまい、結局は一人で寝ることが多く、夜もなかなか眠れない――そんな様子もまた、どこか趣がある。
だからといって、ただ女遊びばかりしているのではなく、女性に軽く思われないような男こそが、やはり理想的だと思う。
第4段 後の世のこと、心に忘れず
後の世の事、心に忘れず、仏の道うとからぬ、心にくし。
現代訳
来世のことをいつも心にとめていて、仏の教えにも親しんでいる、そういう人は本当に奥ゆかしい(立派だ)と思う。
第5段 不幸に憂に沈める人の、
不幸に憂に沈める人の、頭おろしなどふつゝかに思ひとりたるにはあらで、あるかなきかに、門さしこめて、待つこともなく明し暮したる、さるかたにあらまほし。顕基中納言の言ひけん、配所の月、罪なくて見ん事、さも覚えぬべし。
現代訳
不幸にあって悲しみに沈んでいる人が、急に思い立って出家するのではなく、ひっそりと家にこもって、何かを期待するわけでもなく、静かに一日一日を過ごしている――そんな生き方もまた、理想的だと思う。
顕基中納言(あきもとのちゅうなごん)が言った「流罪の地で月を見るように、罪がなくてもそんな人生を送るのも悪くはない」という言葉も、まさにその通りだと思う。。
第6段 わが身のやんごとなからんにも
わが身のやんごとなからんにも、まして、数ならざらんにも、子といふものなくてありなん。
前中書王・九条 太政大臣・花園左大臣、みな、族絶えん事を願ひ給へり。染殿大臣も、「子孫おはせぬぞよく侍る。末のおくれ給へるは、わろき事なり」とぞ、世継の翁の物語には言へる。聖徳太子の、御墓をかねて築かせ給ひける時も、「こゝを切れ。かしこを断て。子孫あらせじと思ふなり」と侍りけるとかや。
現代語訳
たとえ自分が高い身分であっても、ましてやそうでない身分の人であっても、子どもを持たずに生きるのがよいのではないかと思う。
昔の前中書王や九条の太政大臣、花園の左大臣も、皆、自分の家系が絶えることを願っていた。染殿の大臣も「子孫がいないのはよいことだ。子孫が長く続くのは、かえってよくない」と、世継の老人の話の中で言っている。
聖徳太子も、自分のお墓を建てるとき、「ここを削れ、あそこも切れ。子孫ができないようにと思うのだ」と言ったという。。
第7段 あだし野の露消ゆる時なく
あだし野の露消ゆる時なく、鳥部山の煙立ち去らでのみ住み果つる習ひならば、いかにもののあはれもなからん。世は定めなきこそいみじけれ。
命あるものを見るに、人ばかり久しきはなし。かげろふの夕べを待ち、夏の蝉の春秋を知らぬもあるぞかし。つくづくと一年を暮すほどだにも、こよなうのどけしや。飽かず、惜しと思はば、千年を過すとも、一夜の夢の心地こそせめ。住み果てぬ世にみにくき姿を待ち得て、何かはせん。命長ければ辱多し。長くとも、四十に足らぬほどにて死なんこそ、めやすかるべけれ。
そのほど過ぎぬれば、かたちを恥づる心もなく、人に出で交らはん事を思ひ、夕べの陽に子孫を愛して、さかゆく末を見んまでの命をあらまし、ひたすら世を貪る心のみ深く、もののあはれも知らずなりゆくなん、あさましき。
現代語訳
あだし野の露が消えず、鳥辺山の煙(火葬の煙)が絶えないような、誰も死なずにずっと生き続ける世界だったとしたら、人生のはかなさや情緒なんて、感じることはできないだろう。やっぱり、この世は先のことがどうなるかわからないからこそ、しみじみとした思いが湧いてくるものだ。
生き物の命を見ても、人間ほど長生きするものはいない。かげろうは夕方までしか生きないし、夏の蝉は春や秋を知らずに死んでしまうものもいる。一年をじっくり過ごすだけでも、ものすごくのんびりした気分になれる。もし「まだ足りない、もっと生きていたい」と思い続けても、たとえ千年生きても一晩の夢のように感じるだろう。死にきれずに、醜くなった自分を見ながらこの世に居続けて、いったい何になるだろう。命が長ければ、それだけ恥ずかしいことも増える。できれば、長生きしても四十歳になる前に死ぬくらいが、ちょうどよいのかもしれない。
それ以上年を重ねてしまうと、自分の姿を恥じる気持ちもなくなり、人と関わりたいとか、夕日の中で子や孫を愛おしく思ったり、家系が続く様子を見届けるためにもっと生きていたいと願うようになる。ただ世の中のことに執着する心が深くなっていき、人生のはかなさや情緒も分からなくなっていく――これは本当に浅ましいことだと思う。
第8段 世の人の心惑はす事
世の人の心惑はす事、色欲には如かず。人の心は愚かなるものかな。
匂ひなどは仮のものなるに、しばらく衣裳に薫物すと知りながら、えならぬ匂ひには、必ず心ときめきするものなり。九米の仙人の、物洗ふ女の脛の白きを見て、通を失ひけんは 、まことに、手足・はだへなどのきよらに、肥え、あぶらづきたらんは、外の色ならねば、さもあらんかし。
現代語訳
世の中の人の心を惑わせるものは、色欲(恋愛や異性への欲望)ほど強いものはない。本当に人の心は愚かなものだと思う。
香りなんて一時的なものだと分かっていながら、ちょっと着物にお香を焚きしめると、とても良い香りには、どうしても心がときめいてしまう。九米の仙人が、洗い物をしている女の人の白いふくらはぎを見て理性を失ったという話もあるが、確かに、手足や肌が美しくて、つややかにふっくらしている女性に心惹かれるのは、他のものとは違って、仕方がないことなのだろう。
第9段 女は、髪のめでたからんこそ
女は、髪のめでたからんこそ、人の目立つべかンめれ、人のほど・心ばへなどは、もの言ひたるけはひにこそ、物越しにも知らるれ。
ことにふれて、うちあるさまにも人の心を惑はし、すべて、女の、うちとけたる寝もねず、身を惜しとも思ひたらず、堪ふべくもあらぬわざにもよく堪へしのぶは、ただ、色を思ふがゆゑなり。
まことに、愛著の道、その根深く、源遠し。六塵の楽欲多しといへども、みな厭離しつべし。その中に、たゞ、かの惑ひのひとつ止めがたきのみぞ、老いたるも、若きも、智あるも、愚かなるも、変る所なしと見ゆる。
されば、女の髪すぢを縒れる綱には、大象もよく繋がれ、女のはける足駄にて作れる笛には、秋の鹿必ず寄るとぞ言ひ伝へ侍る。自ら戒めて、恐るべく、慎むべきは、この惑ひなり。
現代語訳
女性は、髪が美しいことが一番人の目を引くものだろう。身分や性格などは、話し方やふるまい、ちょっとした態度から伝わってくるものだ。
ちょっとした場面でも、女性のふとした仕草や雰囲気が男の心を惑わせる。そして、女性が恋に落ちたときは、自分を大切にしようとも思わず、耐えがたいようなことにもよく耐えてしまうのは、結局みんな「色恋の気持ち」のせいなのだ。
本当に、恋愛や愛情にとらわれる心は根が深くて、どうしようもない。世の中には他にも色々な欲望があるけれど、そのほとんどは努力すれば断ち切ることができる。でも、この「恋の惑い」だけは、年を取っても若くても、賢い人も愚かな人も、誰でも止めることができないものだ。
だからこそ、「女の髪の毛をよった綱には大きな象もつながれてしまう」とか、「女性の履き物で作った笛には、秋の鹿が必ず寄ってくる」と昔から言い伝えられている。自分でしっかり気をつけて、用心しなければならないのは、この恋の惑いなのだ。。
だから、「女性の髪で作った綱には、大きな象でもつながれてしまう」とか、「女性の履いている草履で作った笛を吹けば、必ず秋の鹿が寄ってくる」という言い伝えもあるくらいだ。自分自身をよく戒めて、恋の迷いには本当に気をつけて、慎まなければならない。
第10段 家居のつきづきしく、あらまほしきこそ
家居のつきづきしく、あらまほしきこそ、仮の宿りとは思へど、興あるものなれ。
よき人の、のどやかに住みなしたる所は、さし入りたる月の色も一きはしみじみと見ゆるぞかし。今めかしく、きらゝかならねど、木立もの古りて、わざとならぬ庭の草も心あるさまに、簀子・透垣のたよりをかしく、うちある調度も昔覚えてやすらかなるこそ、心にくしと見ゆれ。
多くの工の、心を尽してみがきたて、唐の、大和の、めづらしく、えならぬ調度ども並べ置き、前栽の草木まで心のままならず作りなせるは、見る目も苦しく、いとわびし。さてもやは長らへ住むべき。また、時の間の烟ともなりなんとぞ、うち見るより思はるゝ。大方は、家居にこそ、ことざまはおしはからるれ。
後徳大寺大臣の、寝殿に、鳶ゐさせじとて縄を張られたりけるを、西行が見て、「鳶のゐたらんは、何かは苦しかるべき。この殿の御心さばかりにこそ」とて、その後は参らざりけると聞き侍るに、綾小路宮の、おはします小坂殿の棟に、いつぞや縄を引かれたりしかば、かの例思ひ出でられ侍りしに、「まことや、烏の群れゐて池の蛙をとりければ、御覧じかなしませ給ひてなん」と人の語りしこそ、さてはいみじくこそと覚えしか。徳大寺にも、いかなる故か侍りけん。
現代語訳
家のたたずまいが、その場にふさわしく、理想的だと、とても素敵なものに思える。たとえ仮住まいだったとしても、趣があっていいものだ。
立派な人が、ゆったりと落ち着いて住んでいる家は、差し込む月の光さえも一段としみじみと美しく感じられる。今どきのピカピカした感じではなく、古びた木立があって、わざとらしく手入れされた庭ではなくても、草にもどこか風情があり、簀子(すのこ)や透垣(すいがい:すき間のある垣根)も趣がある。家の中の道具類も昔を思い出させて、落ち着いた雰囲気がなんとも奥ゆかしく感じられる。
大勢の職人たちが心を尽くして磨き上げ、唐や大和(奈良)の珍しくて立派な道具を並べて、庭の草木まで思い通りに完璧に整えられている家は、見ていてかえって苦しく、なんだか寂しい気持ちになる。そんな家に、長く住み続けることができるものだろうか。むしろ、時がたてばあっという間に消えてしまう幻のようだ、と見ていると思ってしまう。だいたい、家の様子を見ると、その家の持ち主の人柄も自然と想像できるものだ。
後徳大寺大臣が、屋敷の寝殿に鳶(とび)がとまらないように縄を張ったのを、西行法師が見て、「鳶がとまったところで、何が悪いことがあろう。この殿の心の広さもこの程度か」と言って、それ以後は参上しなかったと聞いている。綾小路宮の小坂殿でも、以前、棟に縄が引かれていたのを見て、その話を思い出した。「本当だ、烏の群れが池のカエルを捕っていたので、ご覧になった方がかわいそうだと思って縄を張ったのだ」と人が話していた。それならば、それもなるほどと思えた。徳大寺大臣のときも、何か特別な理由があったのだろうか。
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